千葉県銚子市 速渡真二さん体験レポート |
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夢を追いかけるのに疲れたとき、そこに海が広がっていた。 |
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![]() 速渡さんはチャレンジャーだ。大学では農学部で食品を専攻していたが、2年のとき水産学部に転科、魚の開発や研究をテーマにバイオテクノロジーなどの分野を学んだ。はじめての就職は、プロパンガスや農業資材を扱う専門商社。大阪採用の東京配属で千葉県市川の寮に住み、3年間営業をやった。面白くなかった。周囲に気を使い、ほんとうの自分を出せなかった。東京に生まれ育った麻里さんとの出会いはこの頃のことだ。 「何かやってやろうという思いがありましたね。たとえば、花屋を開くのはどうだろうかと、花の市場で卸売りを1年体験しました」と話す速渡さん。その後は、その夢の実現に向けて、東京・渋谷の宅急便で働いて資金づくり。目標の額は達成したものの、バブル崩壊で先ゆきも見えず、結局、自力で商売をやるところまでは踏み切れなかった。 それからはその場しのぎの転職。いろいろなことに疲れを感じた。人間関係、仕事の内容、自分の話しているコトバに少しずつ混じっている嘘、会社というシステムの中に混じっている嘘、社会そのものが夢や希望をなくし、ただ空転し続けているだけなのではないか。このままいくと、自分に正直に生きられなくなる。そんな気持ちが強くなったとき、速渡さんの目の前に広がったのは海だ。 速渡さんはチャレンジャーだ。情報誌『ガテン』の漁師コーナーの1コマから全国の漁協リストを探りあて、全国の漁協に直に電話をかけまくった。 「最初は遠洋漁業もいいかなと思って電話しましたけど、時期も悪くてダメでしたね」と話す速渡さん。結果、漁業者育成センターの情報で伊東丸漁業に入社した。 |
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仕事を覚えるプロセスはサラリーマンでも漁師でも同じ、ヤル気の問題です。 |
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![]() 親方の伊東衛社長にはじめて会ったときの感慨を速渡さんは忘れない。 「ああ、何かこう、いままでにない、あったかい感じ。いきなりメシ食べさせてもらった。ほっとしたです」。 やってみよう、気持ちは決まった。30歳で漁師スタート。いいじゃないか、海の仕事の体験はないが、宅急便で鍛えた足腰がある。いっぱい転職をしてきたから、仕事のプロセスを覚える自分なりのノウハウもある。 「仕事を覚えていくプロセスは、サラリーマンでも何でも同じですよ。ヤル気さえあればできると思う。まず、人のやるのをみて、自分でやってみて、わかんなかったら聞く。さらにデキル人の倍はやる。努力しなくちゃ」と笑う速渡さんだ。 漁師になって最初の仕事は、親方のいる網船に乗って網をたぐること。網は重いし、足場が不安定な船の上で、きれいに束ねていくのは意外なほど難しい。仕事の流れをひと通り覚えるのに3ヵ月はかかる。転職して漁師になるには大きな決断が必要だが、実のところ漁師になってからが大変なのだ。 「生半可な気持ちじゃ無理、と思います。慣れるまでカラダはキツイ。でも、自分に素直になれた。こころにゆとりっていうやつですかね。舞台は海、好きな魚を追いかけてお金になる。1日1日、勝負はハッキリ見えますよね。サラリーマンのときより収入は少し減ったけど、魚は買うことないし、全然やっていけます。家にいる時間はかえって増えたし、ありがたいなあ」と話す速渡さん。 はじめ、漁師になるのは反対だった麻里さんもOLの仕事をやめ、この漁師町にきてくれた。この春、長男春之介君、誕生。パパになった速渡さん。親方も喜んでくれた。 |
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| ・・・・・漁師になるまでのプロセス・・・・・ | |||
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