釣り漁 |
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| あらゆる漁の原点である「手釣り」。 釣針と釣糸のみで魚をしとめるために魚を知り 海の地形を覚え、技を磨こう。 |
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| 沿岸には、その地域ならではの釣りがある。 幅広い知識、巧妙な技術を学ぶには その地域でのキャリアを積む必要がある漁だ。 |
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釣り漁ってこんな仕事だ |
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![]() 釣り漁業は、漁具・漁法上、「手釣り」「竿釣り」「機械釣り」「ひき縄」「立縄釣り」「延縄」の6種類に分かれる。沿岸漁業で行われているのは主に「手釣り」と「ひき縄」だが、その他の釣りもそれぞれの地域の魚種によって広く行われている。 「手釣り」は通常ブリなど中層の回遊魚、タイ、ヒラメ、カレイなど瀬付きの底魚が対象で、1~3トンの船、1~2人の乗組員で操業する。漁協組合員の資格を持ち、船さえあれば誰でもはじめられるのだが、魚の習性、海底地形、気象などの幅広い知識が必要とされる。また、長年の経験と巧妙な技術を要するため、そこに釣り漁ならではの手応えもある。 「ひき縄」は、マグロ、カジキ、ブリ、カツオ、サワラ、シイラなどの遊泳力のある大型の魚類が対象で、1~5トンの船、1~3人の乗組員で操業する。 |
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長崎県長崎市野母崎地区の場合 |
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野母崎では、明治時代の記録にフカ、ブリ、カツオ、シイラを釣っていたとある。大正時代になると釣りよりもまき網、刺し網、大敷網が盛んになるが、昭和20年代になると大型の船の経営と沿岸操業のものに分化し、釣りは再び盛んになる。30~40年代には高価格魚を対象とするようになり、1~3月は五島沖でタイ、カンパチ、3~8月はトカラ列島でアカバナ、9~12月は男女群島でカツオ、ヒラマサ、サバを漁獲し長崎魚市に水揚げするようになった。 現在、野母崎の釣り漁船は136隻。樺島地区の一本釣りが約10隻。ピーク時の50隻から大幅に減っていたが、そこに町外の若手が研修生として受け入れられ、現在4人が独立したところだ。船は3~6トン、1隻に1~2人で行う「手釣り」が中心。釣るのはブランド魚の「野母んあじ」だ。 漁場は東シナ海から天草にかけてと広い。主たるポイントは五島灘、橘湾、南西方向のアラカブ曽根あたり。魚礁が目印になっており、沈船や天然の海底山脈を狙う。水深40~100メートル、海底から7~10メートル上に針を落とす。漁は1年を通して行う。 野母崎ではセリではなく、活魚出荷のため、毎朝7時には出航し、釣れたら帰港する。漁場までは近場のヘタノ瀬で5分、遠いアジ曽根で1時間半程度。GPSなどを使いながら、それぞれの経験と勘をフル回転させて漁をしている。 |
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| ●一人前になるには | ||||||||
| 野母崎では、樺島一本釣り振興会が研修生を自分たちの船に受け入れ、漁師の仕事を教えている。釣り道具のつくり方や漁場の選び方、船の航行、潮の読み方など学ぶべきことは多彩で奥深い。学んだことをいかに自分の頭と体に吸収できるかは本人の努力次第だ。技術的なことは1年でおおかた身につくのだが、一人前の漁師になるには10年ぐらい真剣勝負の修行が必要だ。車の運転と同じで、道を知ることがキャリアになる。シケにあっても帰ってこられる力量がつくまでは、単独で出かけず先輩漁師についていく。またポイント付近は船が集中していることから、釣り糸を他の船に絡ませたり、急に動いて魚を驚かせてしまうことは仲間の漁を邪魔することになるので要注意だ。 | ||||||||
| ・・・・・この仕事に就くためには?・・・・・ | ||||||||
<資格> |
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