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新人漁師へのインタビュー

新人漁師へのインタビュー

山本 大祐さん

親方との運命的な出会い。技術はもちろん、人として親方のような一流の漁師になりたい。

好きなことを仕事にできるのは幸せだ。3年間の研修を経て独立、現在は自分の船で漁を営む山本大祐さん(22)は、充実した日々を送っている。漁師を目指し、素晴らしい親方と出会った。そしていつしか、その親方のような漁師になることが山本さんの目標となった。自分の船を持ち、若くして独立して漁師の生活を送る。山本さんの未来は、膨らみ続けている。(※2010年1月時点)

テレビ番組がきっかけで漁師に憧れる

仲間との集まりでも学ぶことが多い

幼いころから大工の父親の背中を見ながら育った山本大祐さんは、「父親のように、自分の好きなことを仕事にしたい」という強い思いを持っていた。そしてそれは、父親と同じ"大工"という仕事だった。ところが、あるテレビ番組をきっかけに人生が大きく変わった。

「中学2年のとき、テレビのドキュメンタリー番組で、マグロの一本釣りをやっていたんです。命がけの漁師の姿を見て、『かっこいい。俺もこうなりたい』と憧れました。頑固なところがあって(笑)、一度『こう!』と決めたら、なかなかそれを変えられない性格なんです。そのテレビ番組のおかげで、漁師への想いが一気に高まりましたね」

山口県周南市出身で、子どものころから遊びといえば釣りだった。確かに漁港も近い。しかし、両親はもちろん、親せきにも漁師はいない。そんな彼が漁師の道を歩みだす。中学3年の進路相談で担任の先生に水産高校への進学を相談した。そして希望通り、山口県長門市にある水産高校へ進学した。

「意外にも同級生のみんなは、水産関係への就職を希望して入学してきたわけじゃなくて、ちょっと拍子抜けでした。実際、卒業して漁師になったのは、自分ぐらいです。でも、水産関係の勉強はできたし、大型漁船に乗り込み、巻き網漁の実習もあって僕にとってはとてもよかったです。

「独立するとすべてを自分一人でやらなければならないが、その分、やりがいもある」と話す、山本さん

そして高校2年のときに進路指導の先生といろいろ話していたら、マグロの一本釣りの漁師ではなく、小型底曳き網漁という漁種が自分にあっていると感じました。大企業に入社して大型漁船で漁をしたり、チームを組んで漁をするよりは、個人で船を持ち、自分の腕と力でやっていきたいという独立心が強かったんです。小型底引き網漁なら、地元でも盛んだし、将来的に独立して1人でやっていけると思いました」

進路指導の先生の勧めで山口県の漁業就業フェアに参加。自分で望んだ道だから、山本さんも真剣に漁協や親方たちの話を聞いた。ところが、社会経験もなく17歳という若さが逆にネックとなり、「どうせすぐに辞めてしまうだろう」と見られてしまうこともあった。

熱意が空回りする山本さん。そんななか、師匠となる田中友之さん(62)との運命的な出会いがあった。田中さんは、地元の周南市で小型底曳き網漁の漁師をしていた。

「それまで親方は、1回も弟子を取っていなかったんです。僕も親方の気持ちがわかるけど、一匹狼でガンガンやっている方が身軽でいいですからね(笑)。ところが心臓病にかかり、大手術をしたそうです。それで、『自分の漁の技術を、やる気のある若者に受け継いでほしいと考えが変わった』と言っていました」

田中さんがフェアに参加したのもそのときが初めてだった。山本さんの真剣な眼差しに「そこまでやる気があるなら、ワシのところに来るか?」と話したという。

ごまかすことができないからぶつかることもある

山本さんの漁船「大漁丸」。最初の持ち主が付けた名前を受け継ぐ

高校を卒業した山本さんは、国や山口県などの研修制度を活用し、3年間、田中さんのところに弟子入りした。
当時のことを田中さんはこう振り返る。

「初めての弟子だったので、教え方から何から、試行錯誤しながら一緒にやりました。自分にとって弟子は息子同然。かわいいから本気で怒るし、ぶつかることもある。大祐もキツかったと思います。だから研修期間を終え、独立したときは本当に嬉しかったし、誇りに思えました。これからも、一生の付き合いをしていく間柄です」

高校を卒業したばかりだから、社会人としての基本的なことも親方から教えてもらった。朝寝坊もよくしたが、そんなときは親方の雷が落ちた。

また、「わかったふりをして、ごまかすなんてできない。自分にとってもよくないと思ったから」というように、納得がいかないときは正直に言い、納得できるまで話し合ったという。

それについては田中さんも、「大祐は物事をハッキリ言う性格。でもそれは、お互いにとってよかった。反発されることも、そりゃ、あったけれど、若くて、教えたことをどんどん吸収していく姿を見て、弟子をとってよかったと思いましたね。こんなこと、本人にはあまり言わないけれど」と照れくさそうに笑う。

親方にほめられると自分の成長を実感できた

漁に出るのは1ヵ月のうち10日程度。漁の時間は、夏場は午後7時ぐらいから、冬場は朝の6時ぐらいからがスタート時間だった。

「朝が起きられなくて、遅刻することもよくありました。親方には本当に迷惑をかけました。また、力仕事が多いから体力的にもきつくて、実際辞めようと思ったことも何度もありました。そのたびに、同期や先輩の漁師に励まされ、思いとどまりました。でもやっぱり、続けられたのは、『自分で選んだ好きな仕事だから』というのが一番のモチベーションだと思います。」

覚えることだらけで、最初のうちは我武者羅に親方についていった。親方にほめられると、自分自身の成長を実感できて嬉しかった。何よりも、親方の温かさが身にしみたという。

「親方にお世話になって初めてのお正月、お年玉をもらったんです。本当の子どものように思ってくれていることを改めて感じ、感動しました。今でもそのときのぽち袋は大切に取ってあります」

そして3年が経ち、2008年に独立。そのときも親方の計らいで、中古の漁船を90万円で購入できた。名前は「大漁丸」。魚群探知機などハイテクの機械も搭載した船だ。

「独立してからも、漁に出るサイクルはあまり変わりません。1ヵ月のうち漁に出るのは10日程度、それで月収は80〜1?万円前後です。自分で車も買えたし、そろそろひとり暮らしをしようかとも考えています。もっと働けば収入は増えますが、仕事ばかりだと頭が固くなるというのが親方の哲学。だから休みの日は、友達と遊んだり、漁師仲間と飲みに行ったり、パチンコをしたりしています(笑)」

山本さんは、漁師をしている醍醐味について、大漁のときの例えようのない興奮は、何度味わっても格別だという。

「独立して、初めて大漁だったときは、『ついに俺もやったぞ』と思いました。5キロ級のヒラメやトラフグで網の中がいっぱいに。それを見たときは、嬉しいというか、感動しましたね。後日、実際に売り上げを手にしたときの達成感も、今でも忘れられません。頑張った結果がでることは、本当に嬉しいです」

『自分の好きなことを仕事にする』ことができた山本さん。今の夢は、「もっともっと経験して、技術はもちろん、人としても、親方のような一流の漁師になりたいです。そして将来的には、養殖や海の資源を育てていく活動もしたい。また、インターネットが普及しているので、釣った魚を直接、消費者に届けられたら、反応がダイレクトに伝わってくるから面白いかも」と言葉は尽きない。まだ23歳、彼の夢は膨らみ続けている。

氏名 山本大祐(やまもと だいすけ)
操業地 山口県周南市
出身地 山口県
漁師歴 2005年4月から研修。2008年4月から独立
漁の種類 小型底曳き網漁
獲れる魚 ワタリガニ、カレイ、ナマコ、ヒラメ、赤エビなど
年齢 22歳(3月生まれ)
家族 独身(実家暮らし)

※この記事は2010年1月に取材したものです。