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研修生の体験談

研修生の体験談

仲野 大さん

もう後戻りはしない! 夢に向かって一直線

山口県周南市の高洲漁港で2009年8月より長期研修中の仲野 大さん(36)は、第2の人生を歩み始めて2010年1月時点で半年。まだスタート地点に立ったばかりだ。未知の世界ゆえ、失敗の連続で親方に怒られることも多く、日々の生活に悪戦苦闘中。それでも、念願の漁師として"生きていること"を実感でき、すべてが新鮮でかつ充実しているという。

抱き続けていた夢に向かって一歩踏み出す

仲野さんが譲り受ける漁船「大神丸」

子どものころ、あなたは大人になったら何になりたいと思っていたか?研修生として山口県周南市で漁船に乗る仲野大さんは、子どものときから抱き続けていた夢を、今、実現しようとしている。

「広島県の山育ちでしたが、父の影響で子どものときから釣りにはまってしまって。小さいながらに"漁師ってかっこいいなぁ"と思っていました。中学時代、進路を考えたときに漁師という仕事が頭をよぎりましたが、なり方もわからなくて、昼間は造園業で働きながら夜間高校に進学しました」

高校卒業後、専門学校を経て、造園業の職に就いた。それからは仕事が忙しく、時間に追われる毎日。でも、趣味の釣りをしていると、漁師への憧れが胸の奥でくすぶっているのに気付くことがあったという。32歳を過ぎたころから、時間があるとインターネットで漁業に関するホームページをチェックする回数も増えていった。そして去年の春、山口県の漁業就業フェアを発見。くすぶっていた漁師への想いが再燃し、フェアに参加した。

「参加者の人数も多くて、相当、緊張していましたね。県の水産事務所の職員の方が親身になって相談に乗ってくれたので助かりました。そんななか、今の親方である田中さんと出会ったんです。漁業のことだけでなく、人生経験も豊富で話が面白く、その人柄に魅かれました。でも、本当に漁師なんてできるのかという不安もありました。だから、2日間の短期体験研修に申し込んだんです」

就業フェアから約2週間後の6月初旬、仲野さんは、親方である田中友之さんの船に乗り、漁に出た。
「漁の種類は小型底曳網漁です。瀬戸内海は遠浅で波は比較的穏やかなこともあり、研修前に心配していた船酔いはありませんでした。親方は就業フェアのときはもちろん、普段からとても穏やかな方なんですが、海の上では別人のように厳しくて。その真剣さから、自然を相手とするこの仕事の厳しさが伝わってきました。

短期体験研修では、魚や荷物運びを手伝うので精一杯。でも、網を引き揚げたとき、魚がたくさん入っていたのには感動しました。事前に調べて、頭ではいろいろイメージしていましたが、実際にやるのとでは大違い。慣れない初めてのことばかりで、体力的にも精神的にも本当にヘトヘトになりました。でもそれは不思議と心地よかったです。そういう疲れは、今までの仕事では味わえないことだったので、これも初めての経験でした。

その日の夜、親方の自宅に招かれ、獲れたての魚やワタリガニをふるまってもらいました。あの美味しさは、今でも忘れないです。漁の話だけでなく、人生についてなど、いろいろな話をして、その晩は親方の家に泊めてもらいました。翌朝、親方から長期研修生として来ないかと言われて......。本当に嬉しかったです」

海の中という見えないものをつかむ感覚を身につけるのが漁師だ

親方である田中さんは、仲野さんについてこう話す。

「仲野君は、不器用ながらも自分で考える姿勢がいいよね。就業フェアのときも、一生懸命さと真面目さを感じましたよ。愛嬌もあるし、何たって素直(笑)。あとは、海の上での責任感を自覚できれば、さらに伸びると思います。

漁師という仕事にとって大切なのは、負けず嫌いであること。物事を自分で考えられること。海の中という見えないものを想像して先手を打つ感覚を身に付ける努力ができること。そして、1つの物事を様々な角度から捉え、瞬時に判断できることです。危なっかしいところもあるけど、それはまだ経験が浅いですからね。そういう意味では、仲野君はすごく見込みがあると思います」

夢にまで見た漁師という仕事。造園業は嫌いではなかったが、漁師になることを決めてからは未練を感じなかったという。両親に報告すると、「自分が決めたことなら応援する」と言ってくれた。手続きや勤めていた会社での引き継ぎなどをすませ、約2ヵ月後の8月、最低限の生活用品を持って新天地へと引っ越したのだ。

「漁に出るのは、1ヵ月のうち10日ぐらい。他の漁師さんはもっと漁に出ていますが、親方の作った網には特徴があって、1回の漁獲量が多いんです。だから毎日働く必要がない。空いている時間が多いので、夏場は獲れたエビや魚介類を広島市西区の商工センターにある魚市場まで 、トラックで配送するアルバイトもしています。それが日給1万円。家賃が実質2万3000円なので、生活するだけの収入は十分あります。新居は、漁港や親方の家から徒歩数分の場所にあって、親方の家で夕飯をごちそうになることも多いし、友達や彼女もよく遊びに来るので、みんなで鍋を囲んだりとプライベートも充実しています」

覚悟の表れとして中古の船を購入予定

「先輩たちが自分を仲間として認めてくれるようになって嬉しい」と話す仲野さん

長期研修が始まって、2010年2月現在で約半年になる。1日の仕事のサイクルは、獲れる魚の種類に合わせるので、季節によってまったく違う。3月から9月までの夏場は、夕方に集合して夜7時ごろ出港し、午前1〜2時ごろ帰港。夜型の作業になる。ところが冬場は朝4〜5時に集合して6時ごろ出港、午後 3〜4時ごろ帰港。真逆の時間帯になる。港に戻ってからは季節に関係なく魚の選別作業があるが、冬は夕方仕事が終った後、親方や漁師仲間と飲みに行くことも多い。

もちろん楽しいことばかりではない。
「正直、冬場の早起きはきついです。夜中の2時起きの日もありますが、それは気力で起きるしかない(笑)。あと、最初のころは、親方の『あれ取れ』『これ取れ』という言葉の意味が、何の道具を指しているのか瞬時にわからなくて困りました。でも、漁の流れがわかってくると、次にどの道具が必要かわかるようになったので今は大丈夫です。というより、言われる前に体が動くようになりました」

漁業研修を始めてまだ半年。オコゼの毒針に刺されて指が腫れて痛い目にあったり、親方に怒られることもあった。でも、「魚がたくさん獲れた日は最高! この前なんて、マナガツオが網にぎっしり入っていて、テンションが上がりました」と笑顔をこぼす。

親方の田中友之さんは62歳、キャリア48年の大ベテラン

夢を掴むための第2の人生を進む仲野さんは、これからも数多くの経験を積んでいかなければならない。彼は本気だ。漁師になる決意の表れとして、親方の知り合いから中古の漁船を50万円で譲り受けることになっている。 「もう後戻りはできません(笑)。休みの日に港に行って譲り受ける船を見ると、"がんばらなきゃ"と気が引き締まります。将来は独立をして、親方のような漁師になりたいです」

氏名 仲野 大(なかの だい)
操業地 山口県周南市
出身地 広島県
漁師歴 2009年8月から研修
漁の種類 小型底曳網漁
獲れる魚 ワタリガニ、カレイ、ナマコ、ヒラメ、赤エビなど
年齢 36歳(11月生まれ)
家族 独身

※この記事は2010年1月に取材したものです。